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貯筋 −中高年の筋力と健康維持−

川崎山岳会・指導 布田 仁

 市民登山に参加される皆さんは高齢にも係わらず元気です。私の所属する川崎山岳会の大先輩たちも元気に歩いています。このような人たちはどのようにして健康で体力を維持しているのか、スポーツ指導研修での筋肉の話をもとに書いてみます。

◆身体の加齢変化の特徴

 年齢を重ねると運動能力、機能は低下することはいたし方ありません。この低下を如何に維持し低下しないようすることが老いを防ぐ上でも必要です。生活していく上で必要な能力、適応性については『筋肉をいかに貯えられるか』が決め手になるといわれています。メタボも問題ですが筋肉がなくなっていくことも深刻な問題なのです。そこで筋肉をいかに維持し、貯えるという意味で「貯筋」いう言葉を早稲田の福永氏によって提唱されています。
 体力の低下は20歳代の若者でも体力年齢70歳という人もいれば、70歳代でも体力年齢20歳という人もおります。このような差は運動、栄養、休養といった身体をつくる生活環境の違いが影響していると思います。個人差があると云うことはこの生活環境を改善することができれば、体力強化も改善もできることになります。運動、栄養、休養の環境を意図的に変え、健康になることは可能です。平均値で論議すると自分も50歳代なのでこの程度の体力で良いとか思いがちです。しかし、実年齢と体力年齢はあまり関係ないようで、むしろ運動、栄養、休養の生活環境によって体力年齢は決まると思って良いでしょう。

 上半身の上腕の太さは若者も高齢者もあまり変わりません。歳をとるにつれて力こぶが太くなったり、細くなったりしません。しかし下半身の大腿部は測ってみると年齢を重ねると細くなり、胴体については、バストはやや大きくなり、ウエストはもっと大きくなり、ヒップはあまり変わりません。バストをウエイトの比をとると加齢とともにおちていきます。

◆腹部に増える皮下脂肪

 身体の内側の皮下脂肪は年齢でどう変化するかを述べます。皮下脂肪は超音波を用いて測定できます。上腕後ろ側の皮下脂肪を測定すると、若い女性の平均値は15mm程度、若い男性は10mm程度で高齢者も15mm程度と人によってほとんど差はありません。歳をとるとここの部分に脂肪がつくと思っている人も多いと思います。しかし実際はそうではなく、食べ過ぎや運動不足といった生活習慣に原因があります。もし脂肪がついてしまったら、運動、栄養、休養といった生活習慣をどこか変えることで改善されます。

 腹部の皮下脂肪は20歳と60歳の男性では明らかに差ができています。男性の腹部へその横の皮下脂肪は年齢とともに増え、腹筋は減っていきます。20歳と60歳の女性ではさらに差がよく分かります。60歳の女性をみると皮下脂肪が多いのに腹筋が1-2mmしか無い人も珍しくありません。この調査で分ることは、皮下脂肪は腕に貯まらないが腹部にはたまっていくということが分ります。特に腹部の皮下脂肪は男女とも歳をとるとともに急速に増えていくのです。腹部だけでなく背中にも歳を重ねるともに皮下脂肪がついていくことが分っています。

◆腹筋がつけばウエストは引き締まる

 皮下脂肪がつく一方筋肉は落ちていきます。ウエストと身長の比率は体脂肪と関係しており0.5以上ですと肥満と言われます。170cmの身長のひとは85cm以上のウエストで肥満となるわけです。会社の健康診断で最近メタボか否かの判断を腹周りで一律85cm以上は肥満としておりますが身長との関係で判断する必要性もあるはずです。
 また、ウエストと体重の比率は腹筋の厚さと関係があります。腹筋の厚い人は同じ体重でもウエストは締まっているわけです。腹筋がつくと腹はでると思っているとそれは間違いです。その逆です。腹筋が発達するとウエストは引き締まってきます。これは立ち上がると内臓が下のほうに下りてきます。下りてこないように腹筋がコルセットのように働き引き締めています。しかし腹筋が薄くなると落ちてくる内臓を支える力がなく、腹が出てきます。腹が出てウエストが太くなる原因は皮下脂肪が増えるだけではなく、腹筋が弱くなり内臓を支えられなくなっていることも原因のひとつです。

(東京大学身体運動科学研究室資料)

 ウエストと体重の比率が小さくなったら、筋肉がついてきたということができます。自分自身のこうした数値を知ることは健康管理やトレーニングの効果を確かめるためにも重要です。  これまでの内容をまとめると、腹筋の厚さと歳とともに少なくなっていくが非常に個人差がある。また腹筋が少ない若者もいれば腹筋が発達している高齢者もいる。こうした違いは「どのような生活をしているか」によって差が生じます。毎日の生活の中で筋肉を使う機会がどのくらいあるかによってこうしたバラツキや差が生じてきます。
 体脂肪率は明らかに男性より女性のほうが5%から10%ほど多い。また一般に年齢を重ねると体脂肪率はどんどん大きくなります。腕や脚ではなく、腹部に皮下脂肪がたまっていくことが、全体の体脂肪率を大きくしている原因です。だから、ウエストと腹部に注意することが大切です。

◆年齢とともに細くなる脚(キャク・アシ)の筋肉

 次は筋肉です。男性の上腕の前部には約300ccの筋肉が後ろ側には350ccくらいの筋肉がついています。ちょうど缶ビール1本分の筋肉が上腕の前後についていることになります。この筋肉の量は若者も高齢者もあまり差がなく、女性でも男性の約7割程度の筋肉がついていますが年齢による差はあまりありません。腕の太さが歳をとっても変わらないと同様に筋肉の量も減ることはあまりありません。
 一方、脚は大腿部前部の筋肉の量は1700-1800cc程度、つまりちょうど一升瓶ほどの筋肉ついています。女性では1000ccほどです。それが男女とも歳をとるともに、減っていきます。ふくろはぎの筋肉も同様に減っていきます。年齢とともに腕の筋肉はキープされますが、脚の筋肉は減っていきます。歳を重ねる(加齢)と体脂肪は増え、腹部に皮下脂肪がたまり、腹筋は減っていく。腕の筋肉はあまり変わらないが脚の筋肉は減って細くなる。大腿部前部の萎縮が著しいと言うことができます。

◆顕著に見られる50歳以上のパワー低下

 筋肉が少なくなると力はどうなるか、腕と膝を曲げたり伸ばしたりする力を測定してみます。 肘(ひじ)の屈曲にかかる力は20歳から30歳代にかけてはあまり変わりません。しかし、男女ともに50歳から急激に落ちます。特に問題なのは肘をまげる力です。力瘤(ちからこぶ)のできる筋肉が出す力なのですが、上腕の筋肉は缶ビール相当の筋肉があり加齢によってあまり量は落ちないといっていた筋肉です。若者と比べると力が出ていません。筋肉の量があるにも関わらず、歳をとると力が出せなくなるのか。その原因は二つ考えられます。ひとつは眠っている筋肉が多くなることがあげられます。筋肉は起きたり、眠ったりします。なにも考えず、ボーとしているといくら筋肉があっても力は出せません。
 もうひとつは筋繊維のタイプの問題です。筋肉は筋肉細胞が集まった筋繊維と細胞に酸素と栄養分を送る血管と脳に情報を伝え、筋肉に命令を伝える神経などで作られています。筋繊維は50ミクロン程度の太さでその一本一本が神経につながっています。長さは場所によって違いますが10cmほどでそれが重なって束になり、缶ビールほどの太さになっています。腕の場合には20万本くらいの筋繊維が束になっています。
 この筋繊維には二つタイプがあり、縮む速度の速い速筋(そっきん)繊維と遅い遅筋(ちきん)繊維です。速筋は白く見え、遅筋は赤く見えるそうです。速筋は非常にパワーが出る筋肉で遅筋はスタミナのある筋肉です。赤い遅筋はスタミナがありなかなか疲れないが速筋はパワーがあるが疲れやすい。この2種類の筋繊維が混じりあって筋肉を構成しており、人それぞれ速筋と遅筋の比率は生まれつき決まっています。小学生の徒競走で上位に入っていた人やシャープな動きのできる人は速筋繊維の多いタイプの人です。中・高校になって本格的にスポーツをやるようになると長い練習時間を行なうためスタミナが必要となります。そうすると遅筋繊維が多いタイプの人が頭角を表してきます。運動会では速筋繊維を使う種目ばかりですのでつい「この子はスポーツが苦手」と間違った評価をしてしまいがちですが、成長するにつれ遅筋繊維が多いことが分ることもあります。
 歳をとってくると白い速筋はまず先に老化して細くなります。そのため筋肉の量があっても力が出ないことになります。一方赤い遅筋は細くならない。これは普通に歩いたり軽いジョギングをするときはすべて遅筋を使っているからにほかなりません。歳をとるとだんだん強い運動をしなくなり、弱い運動を、時間をかけてするようになる。そうすると強い運動によって使われる速筋繊維はまったく使われず一日が過ぎることが多くなるからです。

◆筋繊維の老化と運動

 筋繊維は運動の強度によって変化していきます。高齢者がゆっくりしたスピードで10分から20分歩いたり、走ったりすることは良いことです。しかしそれだけでは速筋繊維は鍛えられず筋肉の衰えを防ぐことはできません。その人の能力に応じてときどき強い運動を取り入れることが必要ということです。例えば10歩でも20歩での大股であるとか、できるだけ速く歩くなど速筋を使う強い運動を取り入れることをやることです。そうすることで速筋繊維の老化を防ぐことができると思います。
 筋繊維の老化は遅筋繊維より速筋繊維のほうが、老化が著しい。筋肉の中には神経があるので速筋繊維がなくなると神経が途切れてしまいます。神経細胞は脳までつながっており、脳神経まで死んでしまうことになりかねません。20万本の筋繊維があるとし、脳から命令を受けて全力で力を入れてもこれらすべての新繊維が働くわけではありません。また個人差もありすぐに集中できる人もおれば、そうでない人もおります。それでも若い頃には100%まで行かなくとも、80%くらい出せた力が歳をとるとだんだん50%くらいしか出せないようになる。つまり加齢とともに速筋繊維が細くなり、集中力がなくなり筋肉があっても力が出せなくなるということです。

◆高齢者の転倒防止は股関節の筋力低下

 次に動きながら力を出す「パワー」についてです。パワーを測るとやはり、40歳、50歳ころから急に落ちてきます。
走るパワーにいたっては20歳を過ぎるともう下り坂になってしまいます。
 走るパワーが急激に落ちる原因を調べてみるとピッチは落ちていないのです。1秒間に何歩歩けるかは、歳をとっても若いときとあまり変わらない。ところが、歩幅は落ちてきます。高齢になると歩幅が小さくなる。なぜかというと股関節の筋肉が落ちて、膝を上げたり、伸ばしたりする力がなくなるためです。脚を上げられないから歩幅が取れず、つまずいて転びやすくなるわけです。
 バリアフリーの住宅健康な人が住むと足を引きずるように歩くため、山での歩行でつまずくことが多いように思います。尾瀬の木道でも、ちょっとした凹凸でつまずき怪我をされることがありました。介護や障害を想定し健康のときから楽な生活をすると筋力も注意力も劣ってしまうようです。

◆『貯筋』のすすめ

 膝の伸展筋と筋力低下が著しくなると歩幅が取れず、走ったり歩いたりするパワーが落ちてしまいます。だから日常生活の身体の動きの能力を決めるのは脚力ということになります。「老いは脚から」と言いますがまさしくその通りです。
 脚の筋力をチェックするいい方法は椅子の座り立ち10回の反応時間で判断できます。椅子から立ったり、座ったりを10回行うのにかかる時間を測ります。20歳代では10秒以下、70歳代では20秒くらいかかります。35秒くらいかかるようだと、日頃あまり動いていない人です。ただし、これは一生懸命やるとよくないので軽い気持ちでやるようにしてください。
 結局は膝を伸ばす筋力が問題になります。大腿の筋肉1800ccを体重で割り算し、体重1キロあたりの大腿部の筋肉が何グラムあるかを計算します。平均すると20歳代で25グラムが歳とともに落ちていき、70歳代では10グラムになる。1年間に約1%、10年間に10%ずつ萎縮していく。これが10グラムのラインを切ってしまうとほとんど歩けずに車椅子を常用することになる。それならば11グラムあればいいか。それ以上余計な筋肉をつける必要はないという考えもあります。しかし、風邪をひいて1週間くらい寝込んだりすると、とたんに体重が落ちて10グラムのラインを割ってしまうのです。すると、せっかく風邪が治っても筋肉がないから歩けない。あるいは歩くことができても筋肉がないからすぐに疲れてしまう。そうなるとそのまま寝たきりになってしまう可能性が非常に高くなる。
 ところが日頃からよく運動して筋肉のある人であれば1週間寝込んで筋肉が落ちても10グラムのラインまでまだ余裕があるわけです。その間に風邪が治れば、また元のように運動することができる。だから、いざというときのために「貯筋」して筋肉を貯えておいてください。
 みなさんは何かあったときのためにお金を貯金する。それと同じように筋肉も同じです。怪我や病気になったとき、筋肉があれば時間が稼げるのですから。借金はできても「借筋」はできません。だから自分自身で貯めるのです。

以上

■本内容は日本体育協会のスポーツ指導員の講習会で早稲田大学の福永哲夫氏と神奈川県山山岳連盟大曽根会長の 講演、講義をもとに書いております。データ等もすべてこの講演会での講演資料を使用させていただきました。
 福永哲夫(スポーツ医学)氏は「貯筋」と言う言葉を使い、筋肉を如何に維持し貯めるかを説いております。

(2009.1.27 川崎市山岳協会 川崎山岳会 布田仁)

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